残された膨大な自由時間をどう使うか

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■豊富に用意される老後の自由時間

 仕事に邁進していた現役の時代の自由時間は、どの程度持つことができたでしょうか。たとえば、週休2日で働く場合、睡眠時間や生活に要する時間を除けば、平日にとることができる自由時間は2時間程度であったかもしれません。また、週末に8時間程度の自由時間を確保できたとすると、週26時間、月当たりおおよそ100時間、年1200時間の自由時間を得られることになります。大学を出てから60歳で定年するまでの38年間で45600時間となります。かなりの時間を自由に使えたことがわかります。


 一方で60歳から80歳までの20年の自由時間はどの程度の時間がとれるでしょうか。年金だけで生活できた場合、毎日が日曜日ということになるので、1日8時間、月240時間、年2880時間、20年間では57600時間を自由時間として確保することができることになります。つまり、22歳から60歳までよりも、むしろ60歳から80歳までの自由時間の方が25%以上も多いわけです。


 このため、ただ何となく過ごすのでは、暇を持て余すことになりかねません。「今まで忙しく働いてきたので老後はのんびりする」では消化しきれない時間がそこには存在するわけです。


■それまでの余暇計画では消化しきれない自由な時間

 定年退職を目前に控えた方々にお話をうかがうと、「旅に出る」「思う存分釣りをする」「何もせずにゴロゴロする」など、様々な夢を語られるものです。ところが実際に定年を迎えられた方の多くは、その夢をわずか半年から1年程度でやり尽くしてしまうものです。これはなぜでしょうか。


 仕事に生きる現役世代における余暇とは、あくまでも限られた時間の中で作り出す必要がありました。つまり自由時間の確保には制約があったわけです。しかしそれだけに、自由な時間を有効に活用し、自分のしたいことに時間を費やすことになります。


 一方で老後の時間は、自由な時間が生涯に渡って続くことになります。これは日々忙しく働く人々からすれば、憧れに映るものです。しかしメリハリのない自由な時間は、実際に体験された方からすれば、意外につまらないものといいます。また、現役時代の意識でやりたいことを計画していたとしても、生涯続く自由時間を消化する以前に飽きてしまうことがあるわけです。


 このため、老後における夢とは、これまでの週末の趣味の領域を越えた何かを見いだす必要がありそうです。つまり、局所的に力を注ぐものよりも、残りの生涯をかけて末永く追求できる何かを持つわけです。


 これについては、定年後を第二の人生のスタートとしてとらえ、第二の人生を費やしてなお余りある継続して追うことのできる夢かを持って日々歩むわけです。一方、現役時代に持っていた趣味は、本線の夢を追う傍らにおいて、現役時代と同様に楽しむというスタンスが好ましいといえます。つまり、これまでの仕事に変わる何かを、早いうちから見つけておく必要があるわけです。




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