老後においても失ってはならない生き甲斐

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 先に平日午前中にカフェやファミリーレストランに一人で座る高齢者の実体をご紹介しました。これらの高齢者の多くは、経済的には問題なく老後を過ごすことのできる方々であるとの予想が立ちます。経済的に困窮してるのであれば、無理をしてでも仕事をしなければならないはずであり、連日、ただぼんやりと一人でカフェに座っている余裕はないはずだからです。


 さて、ではこれらの方々に足りないものとはなんでしょうか。何が加わることで、生涯続く自由時間を元気に謳歌することができるようになるのでしょうか。


■生きる上で不可欠な生き甲斐

 生きていく上で必要な物に生き甲斐があります。生き甲斐とは、文字通り生きる上のはりあいや喜びをいいます。定年退職を迎えられる頃には、子供は成人して独立します。また、定年を期に仕事を失うわけですから、それまでに持っていた義務から解放される一方で、生き甲斐の多くを失うことになります。


 人生において生き甲斐を失ってしまうと、そもそも生きている意味さえ失いかねません。子供が独立し、働くことなく生きることができる環境を手にされたとしても、何らかの生き甲斐は持ち続けることが好ましいといえそうです。


 しかし、これまでの義務を生き甲斐と感じていた方からすれば、その義務から解放されるのと同時に、生き甲斐を失ってしまうのは当然のことです。よってそれ以降は、自らが生き甲斐を見いだし、その生き甲斐を継続するための何らかの活動をスタートさせる必要がありそうです。


 とはいえ「自ら生き甲斐を作り出す」事は、難しいことかも知れません。そこでここでは、いかにして生き甲斐を探し出すかについて考えを進めていきます。


■生き甲斐を感じることができる活動とは

 生き甲斐が人生のはりあいや喜びであることについて先にふれています。このから、これらを得られる何らかの活動をライフサイクルに無理なく取り込むことができれば、自ずと生き甲斐は生まれることになります。さて、でははりあいや喜びとは、どのような活動をするkとで生じることになるでしょうか。


 人がはりあいや喜びを得る際の行動パターンとは、実は自分の為の行動よりも、むしろ人の為になる何らかの行動にあるといえます。これまで家族を養うことに生き甲斐を感じたのは、それによって家族に笑顔がもたらされ、子供が立派に成長するといった事象がそこに発生したからです。また、仕事に生き甲斐を感じたのは、それによって顧客が満足したり、社会に対して何らかの貢献がなされたからであったはずです。


 つまり生き甲斐とは、人のために自分が何らかの事を成しすことであり、その結果として自分に返る満足感であるわけです。よって定年退職後においては、これまで自ら積み上げた経験やスキルを、それを必要とする人々に提供することの中に、生き甲斐は隠れていそうに思えます。そしてこの活動を、無理なく日々の時間の中に組み込むことで得られるものこそが、真の生き甲斐なのかもしれません。




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